「私の人生、どこで間違えたんだろう」
そうつぶやいたのは、40歳の春だった。
離婚して1年。 小学生の娘と2人暮らし。 そして、実家では認知症が進む母の介護が始まっていた。
仕事、育児、介護。 すべてを一人で背負いながら、彼女の心は、静かに壊れていった。
目次
■ すべての始まりは「普通の結婚」だった
彼女は20代後半で結婚した。
相手は同じ会社の2歳年上の先輩。 派手さはないが、真面目で穏やか。 「この人となら、普通の幸せが築ける」
そう思っていた。
30代で娘が生まれ、専業主婦になった。
育児は大変だったが、 「家族がいるから頑張れる」 そう思えていた。
だが、少しずつ歯車が狂い始めた。
■ 夫の無関心と、孤独な育児
夫は次第に家にいなくなった。
残業、飲み会、休日出勤。
娘が熱を出しても、 「俺、無理だから」で終わる。
ワンオペ育児が続く中、 彼女の心は、少しずつすり減っていった。
そして、ある日。
夫のスマホに届いた一通の通知。
「昨日は楽しかったね♡」
それですべてが崩れた。
不倫だった。
■ 離婚、そして「シングルマザー」になった日
裏切られたショックよりも、 「これから一人で生きていく」現実のほうが、重かった。
慰謝料はわずか。 養育費も、最初の半年で途絶えた。
10年ぶりに社会復帰。 パート、月収11万円。
家賃、光熱費、給食費、習い事――。
通帳の残高は、常に不安の色をしていた。
「私、娘を守れるのかな」
それが最大の恐怖だった。
■ 追い打ちのように始まった「母の介護」
離婚から半年後、実家から電話が入った。
「お母さん、最近おかしいの」
ゴミ出しの曜日を忘れる。 同じ話を何度も繰り返す。 夜中に外に出ようとする。
診断は、認知症。
施設の空きはなく、 彼女が仕事帰りに実家へ寄る生活が始まった。
娘を寝かせた後、 夜11時に実家で下着や薬の確認。
帰宅は深夜1時。
睡眠は毎日4時間以下。
育児+仕事+介護。
人生で、最も重たい3つが、同時にのしかかった。
■ 壊れた日。それは、何でもない平日の夕方だった
スーパーで買い物中、急に視界が揺れた。
立っていられず、その場にしゃがみ込んだ。
息ができない。 手が震える。 涙が止まらない。
店員に声をかけられても、言葉が出なかった。
病院で言われた。
「重度のパニック障害と抑うつ状態です」
その夜、初めて娘の前で泣いた。
「ごめんね…ママ、もう無理かもしれない」
娘は何も言わず、ただ抱きしめてくれた。
その温もりが、胸に突き刺さった。
■ 初めて「助けて」と言えた場所
彼女は役所の福祉課に行った。
震える手で、こう言った。
「もう、一人では無理です」
すると、職員はこう答えた。
「今まで、よく一人で頑張りましたね」
その一言で、堰を切ったように涙が止まらなくなった。
■ 人生を立て直すために、彼女が“やめたこと”
彼女が最初にしたのは、「頑張りすぎることをやめる」ことだった。
- 介護はすべて自分でやらない
- 娘の前で無理に明るく振る舞わない
- 完璧な母親をやめる
訪問介護、デイサービス、 そして、生活保護に近い支援制度も利用した。
「頼る=負け」だと思っていた自分の価値観が、 少しずつ壊れていった。
■ 娘との関係が変わった、ある雨の日
ある日、仕事が早く終わり、 娘と一緒に傘を差して歩いた。
娘が言った。
「ママ、最近ちょっと笑うようになったね」
その言葉に、胸がいっぱいになった。
「守ってあげなきゃ」と思っていたのに、 本当は――
守られていたのは、自分の方だった。
■ 3年後、彼女の人生は“別の景色”になっていた
正社員ではない。 貯金も、たっぷりあるわけじゃない。
それでも――
- 夜は眠れる
- 娘と笑って話せる
- 母の介護も、人と分担できている
彼女は今、こう言う。
「幸せって、必要十分でいいんだと分かった」
■ 人生を立て直した瞬間とは
彼女の人生が立て直った瞬間は、 収入が増えた日でも、問題が消えた日でもなかった。
それは、「助けて」と言えた日だった。
まとめ:あなたの人生も、必ず立て直せる
もし今、あなたが――
- 離婚で人生が終わったように感じている
- 育児と介護で心が限界になっている
- 誰にも頼れず、孤独の中にいる
そんな状態なら、どうか忘れないでください。
人生は、「助けを求めた瞬間」から、静かに立て直り始めます。
あなたが弱いのではありません。 あなたは、ただ一人で背負いすぎていただけなのです。
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