G-WSG04X0G0Z

🕊 中学生でもわかるパレスチナ問題第6話|PLOとハマス:パレスチナ内部の分裂

4 min 17 views
次郎のブログ

次郎のブログ

読者の皆様にお役立ちする情報やいまトレンドになっている話題を判りやすくお届けしております

FOLLOW

目次

◆ パレスチナ問題は「イスラエル vs パレスチナ」だけではない

ニュースを見ると、

  • 「イスラエル vs ハマス」
  • 「ガザで戦闘」
  • 「西岸で衝突」

といった2者対立のように見えることが多いです。

しかし実際はもっと複雑で、パレスチナ人の内部にも深い対立があるのです。

その中心にあるのが、

  • PLO(パレスチナ解放機構)
  • ハマス(イスラム抵抗運動)

という2つの主要勢力です。

まずは、「PLO」がどのように誕生したのかから見ていきましょう。


🌍 1. PLO(パレスチナ解放機構)の誕生:国を失った人々の“代表”として

1948年のナクバ(パレスチナ大追放)により、パレスチナ人の約70万人が故郷を失い、周辺諸国に難民として暮らすことになりました。

しかし、

  • 自分たちの国がない
  • 自分たちの代表もいない
  • 土地も奪われた
  • 帰還も許されない

という状態が続きました。

そこで1964年、アラブ諸国の後押しもあり、

PLO(パレスチナ解放機構)が結成されます。

PLOの目的は明確でした。

「武力を含むあらゆる手段でパレスチナを解放する」

つまり、

  • パレスチナ国家の樹立
  • 故郷への帰還
  • イスラエルに奪われた土地の解放

を掲げる組織として誕生したのです。


🔫 2. ファタハとアラファト:武装闘争の中心へ

PLO内部にはいくつかの組織がありましたが、その中で最も影響力を持ったのが、

  • ファタハ(Fatah)

そして、そのリーダーが、

  • ヤーセル・アラファト(のちのPLO議長)

アラファトは中東全体で「パレスチナの象徴」として知られる人物です。

◆ ファタハの主張

  • 武装闘争による解放
  • パレスチナ国家の樹立
  • イスラエルへの攻撃も選択肢とする姿勢

1960〜70年代、ファタハを中心としたPLOは、イスラエルと激しい武力衝突を繰り返し、世界から「ゲリラ組織」として注目されるようになりました。


🗺 3. ヨルダンからレバノンへ:PLOの拠点移動

PLOは最初、ヨルダンを拠点として活動していましたが、しだいにヨルダン国内での衝突が増え、

1970年「黒い九月」事件でヨルダンから追放されます。

その後、PLOは拠点をレバノンへ移しましたが、そこでも、

  • レバノン内戦
  • イスラエル軍の侵攻
  • さまざまな民兵組織との対立

が重なり、PLOは安定した活動拠点を持つことが難しい状況に置かれ続けました。


🤝 4. PLOの方針転換:「武装」から「外交」へ

1980年代になると、PLO内部では、

「武装闘争だけではパレスチナ国家は実現しない」

という考え方が強まり、しだいに外交路線へと舵を切っていきます。

そして1988年、PLOは歴史的な転換を行います。

  • イスラエルの存在を事実上認める
  • 二国家共存(イスラエルとパレスチナが並び立つ形)を受け入れる

これにより、

  • 1993年のオスロ合意
  • ガザ・西岸の一部を統治するパレスチナ自治政府の発足

へとつながっていきます。

しかし、この「妥協」をよしとしない勢力がいました。それがハマスです。


⚠ 5. PLOの「妥協」に不満を持つ勢力の台頭:ハマスの登場

PLOが外交路線へと傾き、「イスラエルと交渉する」姿勢を見せるようになると、

  • 「それでは甘すぎる」
  • 「占領は続いたままだ」
  • 「イスラエルを認めるのは屈服だ」

という反発がパレスチナ内部で起こり始めます。

こうした不満や怒りが集まった先が、のちにハマスとなる勢力です。


🔥 6. ハマス(イスラム抵抗運動)とは? ガザから生まれた“もうひとつの勢力”

ハマスは1987年、第一次インティファーダ(占領への民衆蜂起)が始まったタイミングでガザを中心に誕生しました。

◆ ハマスのルーツ

ハマスは、エジプトを発祥とする「ムスリム同胞団」というイスラム系の社会運動から派生した組織です。

◆ ハマスが支持を集めた理由

  • ガザの貧困層に食料・福祉・医療などの支援活動を行った
  • イスラエル占領への断固とした抵抗を掲げた
  • PLOの汚職や権力争いを厳しく批判した

こうして、

「イスラム的価値観 × 抵抗の象徴」

として、ハマスは特にガザの人々から強い支持を集めるようになりました。


📌 7. ハマスの主張(PLOとの違い)

PLO(特にファタハ)とハマスの違いを、表で整理してみましょう。

立場PLO(ファタハ中心)ハマス
目標パレスチナ国家の樹立イスラームに基づく国家の樹立
戦略武装+外交(イスラエルを事実上承認)武装闘争(イスラエルを国家として認めない)
拠点主にヨルダン川西岸主にガザ地区
支持層比較的世俗的な層宗教色の強い層・貧困層

最大の違いは、

ハマスは「イスラエルを国家として認めない」という立場をとっている

という点です。

この考え方の違いが、PLOとの深刻な対立を生みます。


⚡ 8. 2006年:選挙でハマスが勝利し“パレスチナ内部の分裂”が決定的に

2006年、パレスチナ自治政府で総選挙が行われました。

多くの人は「PLO(ファタハ)が勝つだろう」と予想していましたが、結果は、

👉 ハマスの勝利

でした。

これにより、

  • ガザ地区:ハマスが実効支配
  • ヨルダン川西岸:PLO(ファタハ)が中心の自治政府が統治

という状態になり、

パレスチナ内部の対立(分裂)が決定的に深まります。


🔥 9. ガザ vs 西岸:なぜ“同じパレスチナ人”が争うのか?

同じパレスチナ人なのに、なぜ内部対立が起きるのでしょうか? 主な理由は次の3つです。

❶ 価値観・理念の違い

  • PLO:世俗的(宗教色が薄い)、外交・交渉を重視
  • ハマス:イスラム的価値観が強く、武装抵抗を重視

❷ イスラエルとの向き合い方の違い

  • PLO:イスラエルを事実上認め、「二国家共存」という解決策を支持
  • ハマス:イスラエルを認めず、「占領に抵抗する」という立場を維持

❸ 支配地域の違い

  • ガザ:ハマスが政治・軍事を握る
  • 西岸:PLO(ファタハ)系の自治政府が行政を担う

このような違いが重なり、

👉 「イスラエル vs パレスチナ」だけでなく、「パレスチナ内の PLO vs ハマス」という対立構造が生まれてしまった

のです。


🧩 10. “イスラエル vs パレスチナ”の裏にある「三つ巴」の構図

現代の構図は、単純な2者対立ではなく、次の三つ巴になっています。

  • 🟥 イスラエル
  • 🟦 西岸のパレスチナ自治政府(PLO / ファタハ)
  • 🟩 ガザのハマス

この三者の利害や立場が異なることで、

  • 和平交渉が進みにくい
  • 一方と話が進んでも、もう一方が反発する

といった状況が生まれ、パレスチナ問題は一層複雑になっています。


📘 第6話まとめ

  • パレスチナ問題は「イスラエル vs パレスチナ」だけでなく、パレスチナ内部の対立も重要なポイント
  • PLOは1964年に結成され、のちに外交路線・二国家共存へと方針転換した
  • ハマスは1987年、ガザで誕生し、イスラム的価値観と武装抵抗を掲げて急成長した
  • 2006年の選挙でハマスが勝利し、ガザ=ハマス、西岸=PLOという分裂構造が固定化
  • この内部対立が、パレスチナ問題の解決をさらに難しくしている

🕊 次回(第7話)は…

「インティファーダとガザ封鎖 〜占領下の生活から生まれた2つの“民衆の叫び”〜」

第7話では、

  • 第一次インティファーダ(1987)
  • 第二次インティファーダ(2000)
  • 自爆攻撃が生まれた背景
  • ガザ封鎖が始まった理由
  • 占領下でのパレスチナ人の日常生活

などを、“現場の目線”に近い形で、中学生でも理解できるように解説していきます。

次郎のブログ

次郎のブログ

読者の皆様にお役立ちする情報やいまトレンドになっている話題を判りやすくお届けしております

FOLLOW

カテゴリー:
関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA