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🕊 中学生でもわかるパレスチナ問題第5話|歴史④:中東戦争(第2〜第4次)と“六日戦争”で変わった地図

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◆ 六日戦争(1967)は「パレスチナ問題の現在の形」をつくった大事件

第4話までで、パレスチナ問題の“出発点”であるイスラエル建国とナクバを解説しました。

しかし現代の

  • ガザ封鎖
  • 入植地問題
  • 西岸の軍事占領
  • エルサレム問題
  • 安全保障の悪循環

これらの“ほぼ全部”は、1967年の第3次中東戦争(六日戦争)で生まれた構図です。

この戦争を深く理解すると、現代ニュースが驚くほど読み解けるようになります。


🕌 1. 第2次中東戦争(1956)|スエズ運河をめぐる「帝国 vs ナセル」

(※領土変化はないので簡潔に)

  • エジプトのナセル大統領がスエズ運河を国有化
  • イギリス・フランス・イスラエルが反発
  • 3か国がエジプトに軍事侵攻
  • 国際社会(アメリカ・ソ連・国連)の圧力で撤退

この結果、中東ではナセルの人気が爆発し、アラブ民族主義が一気に広まりました。

→ その後の「イスラエル vs アラブ世界」という構図が、さらに強化されていきます。


⚡ 2. 第3次中東戦争(1967年)|六日戦争(超詳細版)

六日戦争は、中東地図を劇的に変えた戦争です。わずか6日間(1967年6月5日〜10日)で決着し、イスラエルは“中東の地図を丸ごと書き換える”ほどの大勝利を収めました。

では、なぜこの戦争が起きたのか? 原因と流れを整理していきます。

June 1967: Israeli Centurion tank corps prepare for battle during the Six-Day War. (Photo by Three Lions/Getty Images)

2-1 きっかけ:緊張が雪だるま式に悪化した

1960年代後半、イスラエルとアラブ諸国の関係は非常に危険な状態でした。

  • シリアとの衝突が増加:国境での小競り合い、砲撃、テロ事件が頻発
  • ソ連からの誤情報:ソ連が「イスラエルがシリアを攻撃予定」とアラブ側に伝える
  • エジプト軍のシナイ半島展開:エジプトのナセルは「シリアを守る」という名目で軍をイスラエル国境近くへ移動
  • 国連平和維持軍(UNEF)の撤退:エジプトの要請で緩衝材が消え、緊張が一気に高まる
  • チラン海峡の封鎖:エジプトがイスラエルの重要な海上ルートを封鎖 → イスラエルにとって事実上の宣戦布告

こうして、戦争に火がつきやすい状況が出来上がっていきました。


2-2 戦争開始:イスラエルの電撃的“先制空爆”

1967年6月5日早朝、イスラエルは

「自衛のための先制攻撃」

だと主張しながら、エジプト空軍基地を一斉に空爆しました。

  • エジプトの空軍基地を奇襲
  • 開戦数時間でエジプト空軍の約9割の戦闘機を破壊

その後、イスラエルはヨルダン・シリアの空軍基地にも攻撃を拡大し、短時間で制空権(空の支配権)を握りました。

「空を制した者が戦争を制す」という典型的な展開でした。


2-3 地上戦:イスラエルの圧倒的優勢

空からの脅威がほぼ消えたことで、地上戦でもイスラエルが有利に進めます。

  • シナイ半島(エジプト領):エジプト軍が撤退・混乱し、イスラエルが全域を制圧
  • ヨルダン川西岸(ヨルダン領):ヨルダン軍を撃破し、ヨルダン川西岸と東エルサレムを占領
  • ゴラン高原(シリア領):シリア軍を押し返し、軍事的に重要な高地を奪取

こうして、わずか6日間で戦争は終結し、イスラエルの圧勝に終わりました。


2-4 六日戦争後の“地図の大変化”

六日戦争の結果、イスラエルは次の地域を占領しました。

  • ガザ地区(エジプトから奪取)
  • シナイ半島(エジプトから奪取)
  • ヨルダン川西岸(ヨルダンから奪取)
  • 東エルサレム(ヨルダンから奪取)
  • ゴラン高原(シリアから奪取)

中東全体の地図は一気に書き換わり、イスラエルはそれまでよりもはるかに大きな領土を支配するようになりました。


2-5 六日戦争が“最重要”である理由

六日戦争は、現代のパレスチナ問題を理解するうえで、最重要の転換点です。ここから、次のような問題が一気に表面化しました。

❶ 占領地問題の始まり

イスラエルが占領した地域、とくに

  • ヨルダン川西岸
  • 東エルサレム
  • ゴラン高原

ユダヤ人入植地(入植者が住むための住宅団地)を建て始めました。

国際社会(国連や多くの国々)は、

「占領地への入植は国際法違反」

と批判していますが、イスラエルは

  • 安全保障上、必要
  • 歴史的に自分たちの土地

と主張し、対立が続いています。

❷ エルサレム問題の激化

1967年まで、エルサレムは東西に分かれており、

  • 西エルサレム:イスラエル側
  • 東エルサレム:ヨルダン側(旧市街・聖地を含む)

という状態でした。

六日戦争でイスラエルは東エルサレムを占領し、その後「エルサレム全体はイスラエルの首都」と主張します。

しかし、エルサレムには

  • ユダヤ教の聖地
  • イスラム教の聖地
  • キリスト教の聖地

が集まっており、世界中の宗教感情がからむため、エルサレムの帰属問題は現在も解決していません

❸ ガザと西岸のパレスチナ人が“占領下”に置かれた

六日戦争の後、

  • ガザ地区
  • ヨルダン川西岸

に住むパレスチナ人は、イスラエル軍の軍事占領下で暮らすことになりました。

検問所・家屋の取り壊し・移動の制限など、日常生活に大きな制限がかかるようになり、ナクバに続く新たな不満がたまっていきます。

これがのちのインティファーダ(パレスチナ人の民衆蜂起)につながります。

❹ パレスチナ国家樹立がさらに遠ざかる

1967年以前は、

  • ヨルダンが西岸を管理
  • エジプトがガザを管理

していましたが、六日戦争以降はそれらの地域もイスラエルが占領することに。

その結果、

「パレスチナ人が自分たちの国を持つ」

という構想が、さらに実現しにくくなりました。


🔥 3. 第4次中東戦争(1973)|ヨム・キプール戦争

3-1 きっかけ:アラブ側の「失地回復」への意地

六日戦争の敗北により、アラブ側は

「一度でいいからイスラエルに打撃を与えたい」

という強い思いを持っていました。

特に、

  • エジプト:シナイ半島を取り戻したい
  • シリア:ゴラン高原を取り戻したい

という目標がありました。

3-2 戦争の流れ

1973年10月、ユダヤ教の最も重要な祝日ヨム・キプール(大贖罪日)を狙って、

  • エジプト軍
  • シリア軍

がイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けました。

  • 序盤:アラブ側が優勢で、イスラエル軍は大きな打撃を受ける
  • 中盤〜終盤:イスラエルが動員をかけて反撃し、前線を押し戻す

その後、国連の仲介で停戦となり、最終的に領土の線引きは大きく変わりませんでした


3-3 戦争の結果:外交の転換点に

領土の変化は少なかったものの、この戦争は

  • エジプトとイスラエルの和解のきっかけ

になります。

  • 1979年:エジプトとイスラエルが和平条約を締結し、シナイ半島はエジプトに返還
  • その後、ヨルダンもイスラエルと和平を結ぶ(1994年)

一方で、

  • シリアとのゴラン高原問題
  • パレスチナ人の占領地問題

などは解決されないまま残りました。


📉 中東戦争をまとめると「イスラエルの拡大と占領地問題」

ここで、第2〜第4次中東戦争のポイントを整理します。

● 第2次中東戦争(1956)|スエズ戦争

  • エジプトのスエズ運河国有化がきっかけ
  • イギリス・フランス・イスラエルがエジプトに侵攻
  • 国際社会の圧力で撤退 → 領土の変化はほぼなし
  • ナセルの人気が高まり、アラブ民族主義が強化

● 第3次中東戦争(1967)|六日戦争(最重要)

  • 緊張の連鎖からイスラエルが先制攻撃
  • わずか6日間でエジプト・ヨルダン・シリアに勝利
  • イスラエルがガザ・西岸・東エルサレム・ゴラン高原・シナイ半島を占領
  • ここから占領地問題・入植地問題・エルサレム問題が本格的にスタート

● 第4次中東戦争(1973)|ヨム・キプール戦争

  • アラブ側が失った領土を取り戻そうとして奇襲
  • 序盤はアラブ優勢 → 最終的にイスラエルが立て直す
  • 領土の線引きは大きく変わらず
  • しかし、エジプト=イスラエル和平につながる大きな外交的転換点となる

📘 第5話まとめ

  • 中東では1956〜1973年に、4度の中東戦争が起きた
  • その中でも1967年の第3次中東戦争(六日戦争)が最重要
  • 六日戦争によってイスラエルはガザ・西岸・東エルサレム・ゴラン高原・シナイ半島を占領
  • この占領から入植地問題・エルサレム問題・占領地問題が本格化した
  • 第4次中東戦争は領土の変化は少なかったが、エジプトとの和平につながった
  • しかし、パレスチナ人の立場は依然として厳しく、問題はさらに複雑化していく

🕊 次回(第6話)は…

歴史⑤:PLOの誕生と武装闘争の時代 〜パレスチナ人はなぜ武器を取ったのか?〜

第6話では、

  • PLO(パレスチナ解放機構)の成立
  • ファタハとアラファトの登場
  • 占領地で暮らすパレスチナ人の日常の変化
  • なぜ「武装闘争」という手段が選ばれたのか

などを、パレスチナ側の視点を中心に、中学生でも理解できるように解説していきます。

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